2012年4月29日 (日)

風薫る

 早くも、寒かった4月が終わりに近づき、汗ばむ陽気の中には、春が過ぎ夏の気配を漂わせている。風薫る5月というのは、新芽が息吹き、あっちこっちに、草花の生長を5月の風が運んできてくれる・・・そんな様子を言葉にしたものだと思ってきた。だが、2000年を迎えて10年も過ぎると、何となく風薫るというのは、私の心の中でのみ、ピントが合う言葉になっているのかもしれないと、思うようになってきた。
 樹木希林さんが、「加齢する事をあるがまま受け入れる」とおっしゃっていたが、腰が曲がったり、足の膝が痛くなったり、何となく、加齢の中で、物覚えが悪くなったり、そして、若い人たちから疎まれたりする自分を、受け入れるという事は、初めは時間がかかると思う。だけれど、そう言う事を繰り返し、繰り返しする中で、老いを受け入れられるようになるものだと思えるようになってきた。

 だが、抗う事は大事な事のようにも思う。年を取る事を受け入れながらも、そのことに呑み込まれてしまうのではなく、自分がその中で、どんな風に輝けるのか、その事を常に考えていたい。そうすれば、風薫る5月の、その風のように、私には、あらゆる木々からの贈り物を受け取る事ができ、お日様が作る世界を、その恵みを有り難く思える自分を見つける事ができるのだから。
 
 子どもたちと接していて、ああ私はいくつになっても修行をしているなって思えてくる。子どもたちは、やはり柔軟であり、瞬間にその旬をつかみ取っている。この小さな子が、苦しんでいる事はまずないのだ。大人の顔を見て、笑顔を届け、そうして、こちらの喜びをその笑顔で倍増してくれる。子どもたちからいつもいくつもの大事な事をもらって生きている。その事を、大事にしたいなって思う。生きていることそのものを喜ぼうよ、そして、目の前の子どもたちが輝けるよのかなになるように、私たち大人はその事に責任を持つ事が大事なんだって、思えてくるんだ。

2012年2月 7日 (火)

春は日だまりの中に

春が近づいている。こんなに寒いのに?って思う人もいるかもしれない。でも、春の匂いがし始めている。えっ!?どこに?ほら、庭にひだまりをみつけることができるだろう?そこに、春は、もう座っている。暖かい綿帽子をかぶっているかもしれないし、日だまりの匂いの中に、子どもたちの笑顔が、映っている。

空を見上げたら、白い雲が、だんだん、薄い青色に空に広がって行く。子どもたちは敏感に、春を見つけている。北風がビュンと一吹き、その後に南風が、ピュンと吹く。それはね、春の兆しを連れてきているんだよ。おひさまの匂いのする春。小さな命が芽吹く春。そこに、どんなに苦しい時でもきっと、希望という灯りを見つける事ができるだろう。

どんな花が咲くのだろう。どんな夏がやってくるのだろう・・・どんな生活を色付けて行く事ができるのだろう。そんな風に考えると、やっぱり春は、キラキラおひさまの匂いでいっぱいになっているね!

日だまりは、もうそこに

2012年2月 1日 (水)

風は春をいつになったらもってきてくれるのだろう

寒さの中に、いつもなら2月の春を見つけられるのに、まだ、今日は無理でした。大阪も、寒さが凍てつくような、氷の寒さです。で、部屋で過ごしていたら、子どもたちのお尻がうずうずしてくるので、「外に出て、走っておいで〜〜」って言うと「え==っ!せんせい、本当に良いの?」なんてもじもじしているの。誰かが飛び出さないかなあ〜って思って見ていると、一人、男の子がね、「怒って変やんな!」って言いながら、ピューット出て行けたんだ。すると、また一人、また一人、って飛び出してきてね、生き生き、風邪のように走り続ける子どもたちを、見ていると、ああ、子どもは風の子ってほんとだな〜なんて思ったよ。
 この子たちとも、後、2ヵ月足らず。やんちゃで、怒られなきゃ、止まれないこも、いるけれど、あの悩んだり、苦しくて子どもたちを見つめていても、涙が出る日々は、さーっと忘れて、今は、いとおし子どもたちと過ごす時間、が、大事だなって思えてきます。

一人一人、自分の足で立って、前へ!進んで行ける、そんなこでいて欲しいです。

何にも、力になれなかった、頼りない大人だけれど、それを願う気持ちだけは、人一倍大きいつもりなんだけれどなあ〜。

ハハハ、なんて、ちょっとしたつぶやきを漏らしてしまいました。

2011年11月23日 (水)

初めてのブログ

ブログをかくと言うことに挑戦だけれど、一体どうしたら良いのか、まるで、分かっていないはあ〜これじゃあ、これからが思いやられるな。

2011年11月15日 (火)

風・・・が涙を吹き飛ばしてくれた

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